ササン朝ペルシアはイランの王朝で
イラン南西部パールス(現ファールス)地方にあるオアシス国家イスタフル(古代のペルセポリス)の祭司長ササンの孫で、君主パパクの子のアルダシールが創始した。
アルダシールは226年パルティアを破って首都をクテシフォンに定め、「イランの諸王の王」と号した。
その子シャープール1世はクシャン帝国を攻め、260年にシリアでローマ皇帝ウァレリアヌスを捕虜とし、ササン朝の基礎を固めた。
「イランと非イランの諸王の王」と号し、それは後のササン朝皇帝の正式称号となった。
シャープール2世時代に発展期を迎え、ホスロー1世時代にはインドのグプタ朝と境を接して交易を盛んにし、シリア、イエメンを奪ってササン朝最大の領域を占めた。